修行

ボクたちが若い頃は「修行」という言葉がよく使われました。でも、最近はあまり聞きませんね。時代にあわないという事だからでしょうか。

「修行」と聞くと、辛く・苦しく・厳しいものと捉えられ、きっと若い皆さんにとっては敬遠したいものなんでしょう。この呼び名が廃れていく理由でしょうね。

ところで「修行」という言葉は、仏教用語だという事をご存知でしたでしょうか?財産・名誉・性欲といった人間的な欲望(相対的幸福)から解放され、生きていること自体に満足感を得られる状態(絶対的幸福)を追求することをしめすそうですよ。

すると本来の「修行」という意味を考えた場合、ボクたちサロンオーナーになっても、人生の修行者であるということなんでしょうね。

ところで、萩本欽一さんが「修行」についてステキな言葉を残しておられます。

syugyou

答えを探すというのが修行。
教科書が無いから自分の教科書を作るんです。

笑いという形の無い道を創るきんちゃん。本来の「生きているだけで幸せ」という絶対的幸福から「答えを探すというのが修行」と過程に目を向ける事で、最終的な答えが見つからなくてもそれ自体が修行と言い換えてくれました。

今週は少しだけ、自分自身の「修行とは」について心にとめながら生活してみたいと思います。

みなさんの一週間がステキに輝きますように。

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