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人生の問いかけとは

あるお坊さんが檀家さんに向けて手渡した言葉です。スッと読めていいなと思いました。特に後半のくだりはクスッとさせます。

こういう言葉に出会ったら、うしろから読み直すと発見があると言います。そして気になる点を見つけました。

『人生の問いかけにどう答えるかが大事』

サラッと読み飛ばせば「そうそう大事だよね」と思いますが、“人生の問いかけ”とは何でしょうか?その前段の“人生の意味を問うよりは”は簡単に理解できるのに妙に“人生の問いかけ”という言葉が気になりました。

結論から書くと、このお坊さんの書いた文章の前段はフランクル心理学です。フランクルの考えはこうです。

“人生の意味”を求めると、時として「私には生きる意味がない」と思ったり「私なんていなくても同じ」という虚しさを感じさせます。また「幸せになりたい」や「自己実現したい」を“人生の意味”にしてしまうと、未達成の状態では常に不満状態に置かれてしまいます。そこでフランクルは“人生の意味”を求めること自体が意味のないことだと考えたんです。

フランクルは“人生”の中心を自分の中(自己実現や幸福)ではなく、自分の外においてみようと考えました。彼の考えはこうです。

空を見上げれば無数の星がきらめくこの宇宙。どこまでも続くこの果てしない宇宙の中で、今・この時代・この時、この地球の・この国の・この場所に、なぜかこの「私」が置き与えられている。
一見単なる偶然に見えるこの事実。しかし、考えてみれば、果てしなく続くこの時間と空間の中で、ほかのいつでもない今・この時代・この時、ほかのどこでもないこの国の・この場所に、自分が置き与えられているということには、やはり意味がある。自分で選び取ったのではなく、気づいた時には選択の余地なくそこに定め置かれていたからこそ、このことにはただそれだけで、意味があると思わないではいられないのだ。
私たちは何をしてもいいし、何もしなくてもかまわないような存在ではない。
ここにいてもいなくてもかまわない。そのような、ただ放り出されているだけの存在ではない。
私たち一人ひとりには「なすべきこと」、「充たすべき意味」が与えられている。そしてそれと共に、今・ここに定め置かれている。そしてその「何か」は、私たちによって発見され実現されるのを「待っている」。私たちは、常にこの「何か」によって必要とされ、それを発見し実現するのを待たれている、そういう存在なのだ。

面白いですね。この自分のなすべき事を探すことこそが“人生の問いかけ”というわけです。

またフランクルはこの問いかけに答えるヒントをこう記しています。

・「私は、この人生で、今、何をすることを求められているのか?」
・「私のことをほんとうに必要としている人は誰か。その人は、どこにいるのか?」
・「その誰かや何かのために、私にできることには、何があるのか?」

たった1行のこれだけの意味が含まれていたとは。いい驚きでした。
みなさんの一週間がステキに輝きますように。

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